FEATURE / 加賀美健(現代美術作家) 館野帆乃花(NADiff A/P/A/R/T)
Where are “BOOKS and ZINES” going?
ZINEという紙媒体の行方。
Interview&Text:Yuichiro Tsuji
インターネットの発展によって、さらにはスマートフォンやタブレットなど、ガジェット機器の必需性の上昇によって、世の中は便利になった一方、アナログなものの存在意義がどんどん薄くなっている。とくに出版産業の斜陽化は深刻だ。本のデジタル化に伴って、街にある本屋は減少傾向にある。これから紙媒体はどうなっていくのか? 極めてニッチな嗜好性を纏ったZINEという媒体をリリースする「Mēdeia1.0」にとっても、それは他人事ではない。今回は現代美術作家の加賀美健さんと、たくさんのアートブックを展開する「NADiff」の館野帆乃花さんを迎え、ZINEの魅力や必要性、さらには紙媒体の行く末について語ってもらった。
加賀美健
1974年生まれ。東京都出身。ドローイングや彫刻などの作品をリリースし、国内外問わず多数の美術展に出展。アパレルブランドとのコラボレートも積極的に行ない、自身が運営する代官山の「ストレンジストア(stranges.exblog.jp)」では、自作のTシャツやZINEなどのグッズ類を展開している。
館野帆乃花
恵比寿の路地裏、第七美晴荘横に位置する「NADiff A/P/A/R/T」のスタッフとして勤務。さまざまなZINEやアートブックを取り扱う同店のバイヤーとして、選書に携わっている。
最近はお酒の“GIN”も流行ってきちゃった(笑)。(加賀美)
ー今回はZINEや紙媒体についていろいろな視点で語れたらと思っています。
加賀美:いきなり大枠で来たね。
館野:自分にとって当たり前のように存在するものだからこそ、話すのが難しそうですね。
ー加賀美さんは自作のZINEなどをつくられていますよね。
加賀美:そうだね。自分で描いた絵とか、娘のおもちゃを使って写真を撮ったりして、それをZINEにしてるよ。
館野:ZINEって定義が難しいですよね。どこからがZINEなんだろうって。つくりのチープさなのか、作家さんが自費でつくっていればZINEなのかとか、いろんな考え方ができるんですよ。
加賀美:ZINEって言葉は“MAGAZINE”が由来なの?
館野:最初は“FANZINE”から来ているんですよね。特定のコミュニティーの中で好き同士が集まって、情報とか思いを共有するためにZINEがつくられていたのがはじまりって聞いたことがあります。
加賀美:でも最近はZINEの概念がひとり歩きしちゃってるよね。流行りすぎちゃって。だから、ぼくと(中村)穣二くんで一緒にZINEブームをぶっ壊そうと思ったことがあって。「ZINEの神様 陣内隆 展」っていうのをやったんだよね。陣内隆っていう人物がZINEを生んだっていう架空の設定をつくって展示をしたの。
館野:いつ頃やったんですか?
加賀美:それはたしか2012年かな。「NO.12ギャラリー」っていう写真家の平野太呂くんのスペースで。ぼくの中では平野くんがはじめにZINEという概念を国内に広めたと思っていて。本人にそれを言うと「そんなことない」って返ってくるんだけど。彼はスケートカルチャーに精通しているから、そういうシーンでもZINEってコミュニケーションツールとして使われているでしょ。
ーたしかに一時期はみんなZINEをつくってましたよね。
加賀美:そうそう! 「ZINEつくってるんです! 見てください!」って鼻息荒くしてね。いまはそれがステッカーに代わってるけど。
館野:名刺がわりみたいな感じでしたよね。「NADiff」でも作家さんの持ち込みのZINEや、展示に合わせて作家さんがつくったZINEを扱ってますが、最近は持ち込みも減ってきましたね。
加賀美:持ち込みにもおもしろいものはあると思うけど、それより自分で足を動かして見つけたZINEのほうがおもしろかったりするよね。若い子がイベントやっててそこで売ってるやつとかさ。たまたま出会ったほうがおもしろい。友達に「こいつヤバいよ」って紹介されて、その子は全然アピールしないんだけど、リュックからクシャクシャになったZINEを出してきて「ヤバいじゃんコレ!」ってなったりとか。
ーたくさんの人に見て欲しいというよりは、分かる人に分かって欲しいっていう気持ちのほうが強いんですかね。そうゆう思いを手軽なZINEという形式に載せるというか。
加賀美:きっとそうだと思うよ。すごいニッチな世界だと思うから。穣ニくんと「陣内隆 展」をやった時期は、ZINEがナンパのツールみたいになっててさ。
館野:(笑)。
加賀美:ブックフェアとかでもそんな会話してるんだよね。「ZINEつくってるんで、よかったら見てください」って男が女の子に渡したりしててさ。その子も「私もZINEつくってみようかなぁ~」なんて言っちゃったりして。もうナンパじゃん(笑)。最近はお酒の“GIN”も流行ってきちゃったから、ジンって言われてもどっちか分からないけど(笑)。
館野:たしかにGINも流行ってますね(笑)。
ZINEは手軽ですよね。だから直感で買えてしまう。(館野)
ーアート系のブックフェアに限らず、電車とかアニメ系のイベントでもブース内の片隅に誰かがつくったZINEみたいなものが置かれていて。すごいマニアックなんですけど、内容はおもしろかったりします。
加賀美:そういう方がおもしろいよね。
館野:文脈ってすごい大事ですよね。どんな人がつくっているのか、そういう背景が見えた方がグッと入り込めるというか。
加賀美:そうだよね。有名な人だったらわかりやすいもんね。
館野:だからブックフェアとかイベントでコミュニケーションをしながらのほうが買いやすかったりします。
加賀美:お店に並んでいるだけだと、余程パンチがあったり有名な作家さんとかのものじゃないと動きづらいよね。ぼくの場合はおもしろければ有名無名問わず買っちゃうけど。
館野:若いお客さんを見ていると、直感で買っている感じがしますね。
ー最近だと海外のお客さんも多いんじゃないですか?
館野:海外の方はZINEを買っていかれますね。それも直感で選んでます。とくに説明なくおもしろいと思ったものを手に取って。
ー旅の記念品みたいな感覚というか。
館野:そうですね、そんな感じです。
加賀美:作品集とかを買うよりも安いしね。
館野:私自身の傾向でいえば、書店の本棚の中に薄い本があると手に取っちゃいますね。ZINEって背表紙がないから手に取らないと内容が分からないじゃないですか。だからこそ、中身を確かめたくなるっていうか。そういうところにZINEの魅力があるような気がします。
ーそういう部分にハードカバーとの違いがありそうですね。
館野:手軽さはひとつの武器ですよね。先ほど加賀美さんが仰ってたようにハードカバーの作品集は買う側もハードルが高いじゃないですか。だけど、ZINEは手軽ですよね。だから直感で買えてしまう。
ー作り手を知るための入り口として機能していると。
館野:そうですね。あとはハードカバーをつくっている人たちと、ZINEをつくっている人たちで、作り手の層も変わるような気がします。
加賀美:ZINEはコンビニでサッと印刷してすぐにできるからね。ハードカバーとかだと莫大なお金がかかるじゃん。これは自分でつくったもので好きなやつを持ってきたんだけど、エディション1/1で1冊しかないんだよね。
館野:すごいですね(笑)。
加賀美:タイトルは『俺流』(笑)。“う○こ”とか、“ち○こ”とかしか書いてない。7年前につくったやつをたまたまストレンジストアで見つけたんだけど。
館野:ペンとクレヨンを使い分けてますね(笑)。
加賀美:こういうの好きなんだよね、チャチャっとできるから。
館野:出版物って作家に加えて編集者やデザイナーも関わるじゃないですか。だからこそ、時間がかかるけど作品にいろんな視点が加わって多角的な見え方をすると思うんです。一方でこういう加賀美さんの作品は、作家の本質がスピーディーに理解できたりしておもしろいですよね。
ー「NADiff a/p/a/r/t」で取り扱う際の基準ってあったりするんですか?
館野:それを言語化するのがすごく難しくて。「NADiff」らしさってなんだろうっていうのが自分の中にあって、それを簡潔な言葉で表しにくいんですよね。
加賀美:ぼくみたいに、仲良くなったら置いてもらえるとかね。だから癒着です(笑)! 今回も「Mēdeia1.0」のグッズをつくらせてもらったけど、これも癒着だから(笑)。
加賀美さんおすすめのZINE。
ー今回はおふたりにお気に入りやおすすめのZINEを持ってきてもらいました。まずは加賀美さんからご紹介いただけますか。
加賀美:1冊目はぼくが衝撃を受けたZINE。題府(基之)くんの『Project Family』です。これを超えるZINEにまだ出会ってない。これはニューヨークのDashwoodからリリースされたものなんだけど、見る用と保存用で2冊持ってます。もともとは題府くんがモノクロで刷ったやつオリジナルとしてあって、そこから題府くんの歴史がスタートしたんだよね。
ーすごい生ですね。
加賀美:そうそう。実家をこうやって扱うのがすごいよね。題府くんの育ちが分かるじゃん。それを作品にしちゃうのがおもしろい。お父さんの写真があるんだけど、それはサンフランシスコのMoMAにコレクションされてるんだよね。
もう1冊はこちら。『シンジマサコマガジン』。とあるカップルが結婚して、自分たちの馴れ初めを文章にしたりしてて。まさにZINEっていう感じだよね。おしゃれとかじゃないじゃん。リサイクルショップで見つけたんだけど。「ふたりの新居は埼玉県◯◯市です」とか書いててさ。めちゃくちゃプライベート。結婚式で配ったものだと思うんだけど。
ーこういうのを見ると、旅のしおりとかもZINEなんじゃないかって思いますね。
加賀美:たしかにそうかもしれないね。
館野:「結婚式の写真を後日お送りしますので、ここに貼ってください」って書いてあるのがすごい…!
加賀美:あとはどきどきクラブのZINEもいい意味でイカれてて好きですね。これは『うなとん ZINE』っていうんだけど、写真がすごくいいんだよね。最近街中の変な景色をインスタに上げたりしている人がいるけど、どきどきくんのはそれとは違うというか。目の付け所がやっぱりおもしろいんだよね。
加賀美:うなじのところで髪が筆みたいになっているのを“うなとん”って名付けて、その写真を撮っているだけなんだけどさ。ストレンジストアでも「うなとん 展」をやったんだよね。
館野:うなとんって自分で考えたんですかね?
加賀美:そうみたい。一時期うなじばっか見てたんだって。外国人がうなとん率高いみたい。
ー決しておしゃれではないですよね。そこがいい。
加賀美:そうだね。手作り感がいいよね。
これはサンフランシスコの友達がつくったんだけど、ホラー映画のVHSコレクターなの。スタジオもVHSだらけで3000本くらいあるんだけど、その背表紙を組み合わせて詩をつくってるんだよね。これはすごくアートだし、おしゃれだし、かっこいい。
館野さんおすすめのZINE。
ーでは続いて館野さんが持ってきたZINEもご紹介お願いします。
全部「NADiff a/p/a/r/t」で扱っているものでセレクトしました。1冊目は大竹伸朗さんのZINEですね。大竹さんが30代の頃に憧れていた、郵便配達夫のフェルディナン・シュヴァルという人物についてのZINEで、何十年もかけて石を拾い続けて、それで理想宮っていうお城をつくっちゃったっていう。
加賀美:石で!?
館野:そうなんです。無名な人なんですけど、かっこいいですよね。しかも800円。安いです。
加賀美:しょっぱなからクレイジーなもの見せてくるね(笑)。
館野:2冊目は細倉真弓さんという写真家の『Transparency is the new mystery』という作品です。これは肌と鉱物を対比してみせていて、すごく無機質に溶け合っている感じがかっこいいなと思って。
ー館野さんは幅広いですね。
館野:そうかもしれないですね。お店ですすめなきゃいけないっていうのが無意識に働いているのかもしれないです。
こちらはカナダのトロントで活躍しているユニス・ルックさんという人の「Slow Editions」というレーベルがあるんですが、そこから出ているSon Niという作家さんの『Eternal Sunset』です。日本ではあまり知られていない作家だと思いますが、1冊通して全部同じ絵がプリントされていて。
加賀美:これもイカれてるね(笑)。
館野:たまに版がズレていたりするのがいいんですよね。タイトルの通り、窓から見える夕日が延々と続いていて。
ー想像力を掻き立てられるというか。
館野:そういう考え方っていうかアプローチが素敵ですよね。
4冊目はアーティストの長田奈緒さんのZINEで某インテリアブランドの説明書をコピーしているんですけど、中を見ているとネジとかも一緒にコピーされたりしていて。
加賀美:うわ、かっこいい!
館野:そういう部品とか、メモとかが入ってたり、ちょっとヨレてたり。
加賀美:一見するとただの説明書なんだけど、そういうちょっとしたアイデアにグッとくるね。
館野:こちらは加賀美さんの『SELFIE』です。ZINEとアートブックの中間くらいの出版物なんですけど。表紙が反転しているのがおもしろくて。
加賀美:いいでしょ? 鏡みたいな表紙にしたくて。わざと反転させて、鏡に映すと文字がちゃんと読み取れるようにしたの。みんな鏡の前で自分の写真撮ってインスタに上げてるでしょ? あれがおもしろいなって思って、変装してやってみたらハマっちゃったんだよね。
ーなぜかみんなトイレかエレベーターの中で撮ってますよね。
加賀美:そうそう! 誰にも見られない空間で撮ってるんだけど、それをSNSでみんなに見せちゃうっていう。
館野:道ゆく人には見られたくないけど…、みたいな。
加賀美:だけどインスタには載せちゃうっていうね。それがおもしろいよね。
ーそちらにある紙が丸まっているやつもZINEなんですか?
館野:これは広げると短編小説が1編書いてあるんです。森栄喜さんの『Flowers 2 The Premonitions of Lily of the Valley』という作品なんですけど、お花屋さんで花を1輪買ったようなパッケージデザインになっていて。これもZINEのひとつの形なのかなと。誰かにプレゼントしてもいいですし。
加賀美:なるほどね。おもしろいね。
変わってればいいわけでもない。そこにもセンスが必要。(加賀美)
ーこれから出版物やZINEってどうなっていくのでしょうか?
加賀美:売れなくなったらつくれなくなっちゃうからね。資本がある作家や出版社はいいけど、本で生計を立てている人は大変だよね。しかも本ってつくってから収入になるまで時間がかかるから、儲けにくい商売ではあるよね。
ー本の魅力はめくったり、紙の質感をたしかめたりするところにあるって誰かが言ってて。レコードを聴くのにちょっと似ているというか。針を置いたり、B面を聴くためにめくったりするその動作が好きっていう人も多いと思うんです。
加賀美:たしかにぼくもそうかもしれない。最近はタブレットで読めちゃうでしょ。あれがいまいちわからないんだよね。やっぱり形があったほうがいいんじゃん。ここにあるZINEをスマホで見てもおもしろくないでしょ。
館野:たしかにそうかもしれないですね。
加賀美:あとは本棚が好きな人って一定数いると思うんだよね。ぼくもそうで、本棚に本が収まっている様が好きというかさ。
館野:それはすごく共感しますね。自分の本棚を見て満足するというか。
加賀美:それでたまに見返したりして、「こんなの持ってたっけ?」って昔買った本を読んでみたり。だからレコードと一緒だよね。蓄積が大事なのかもね。
ーレコードは若い人が買ってるってよく聞くんですが、本の場合はどうなんでしょう?
館野:うちに来てくださる若いお客さんは結構端から端まで見ていきますね。じっくりお店の中を見てくれている印象があります。年齢を重ねると知ってるものが多くなってくるから、目当てのものがあって来る方が多いですね。
加賀美:若い子は知識を取り入れたいんだろうね。あとは作品集とか写真集になると値段が高くなるから、若い人は買えないよね。だからZINEとかがあるといいんじゃない? 個人的に好きなものを所有する感じだよね、本よりもZINEの方が。手軽に買えるし、偏るから。好き嫌いがはっきりする。ブックフェアのブースでも変わったものをつくっている子がいれば、ほっこりしたブースもあるしさ。ほっこりしたブースの子は、どきどきクラブのZINEは買わなかったりして。そこがおもしろいよね。
ーZINEにはやっぱりすごくニッチな世界があって、そこにおもしろさがあるんですかね。
加賀美:そうそう! すごいニッチ。変わったことをしようっていう人がたくさんいるけど、変わってればいいわけでもない。そこにもセンスが必要で。迷惑系のYoutuberとかおもしろくないじゃん。ぼくらはそのセンスに魅了されるわけだよね。
ーその場合、受け取る側のセンスも問われるわけですよね。
加賀美:そうだね。芸術というか、表現ってそういうものだと思うよ。
ー本やZINEってこれからもなくならないと思いますか?
館野:なくならないと思います。
加賀美:ブックフェアが盛り上がっているうちは大丈夫なんじゃない(笑)?